投資初心者にとって、IFRS(国際財務報告基準)の理解は難しく、財務情報の活用方法に悩むことが多いのではないでしょうか。
そこで今回は、愛知学院大学の西海教授に、IFRSの基本や投資判断への活かし方について伺いました。
本記事では、IFRSの特徴や日本基準との違いを解説し、個人投資家が適切な投資判断を行うためのポイントを紹介します。
これを読むことで、財務諸表の読み解き方やリスク管理の視点が身につき、より戦略的な投資が可能になるでしょう。

西海 学
愛知学院大学 経営学部 教授
2004 年横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期修了(博士(経営学))。2004年4月以降、福井工業大学工学部専任講師、University of Victoria Visiting professor、愛知学院大学経営学部准教授を歴任、2015年より現職。
投資初心者がIFRSを学ぶ際に、特に注目すべき部分や簡単に理解する方法
会計とは
まず、投資において会計情報の役立ちについて考えてみましょう。
会計は英語で「accounting」といいます。これを直訳すれば「説明すること」となりますが、これが会計の本質的な意味を示しています。
その説明する対象が組織内部(内部報告目的)であれば「管理会計(Management accounting、Managerial accounting)」といい、組織外部であれば「財務会計(Financial Accounting)といいます。
なお、会計を行う組織が営利企業であれば、企業会計ということもあります。
会計の機能
IFRSは「International Financial Reporting Standards」のイニシャルをとった略語で、省略前の正式名称から財務会計に関する基準であることがわかります。
ですので、ここからは財務会計に限定して話を進めます。
会計の機能、役割には「情報提供機能」と「利害調整機能」があります。
まず、「情報提供機能」から見ていきます。当たり前のことですが企業は自社の情報を持っていて、企業の状況を知っていますが、一方、企業と利害関係にある、あるいはこれから利害関係を持とうとする、投資家、銀行などの債権者、取引先といった企業外部の組織や個人は、企業の情報をあまり持っていません。
もし、会計による情報提供がないと、適切に投資判断や与信判断、取引契約の意思決定ができないため、企業は資金調達や取引が円滑にできず、経済市場は発展していくことができなくなります。
また、世の中に企業情報が不足していたり、信頼性の低い情報ばかりだと、マルキ・ド・サドの「悪徳の栄え」ではないですが、悪い企業にばかり投資や取引が集まってしまう「逆選択」というパターンの市場の失敗が起ってしまいます(いわゆる、レモンの経済)。
「利害調整機能」について、例えば蓄積されてきた過去の利益である留保利益(利益剰余金)でみていくと、株主は株主資本コスト(株式投資の要求利回り)以上の収益性ある経営活動に活用できない留保利益は配当してほしいと期待するでしょう。
一方、債権者は自身の債権の保全と確実な利払いを求めますので、留保利益の社外流出には慎重な企業の行動を望むでしょう。
そこで、一部の利害関係者の利害に偏ることなく財務会計情報が開示されることで、企業の経営行動について理解されるので、財務会計情報には利害調整の機能が備わっていると言われます。
会計基準
会計の2つ機能が正常に働くには、会計情報が適切な情報であるということが社会的に認められていなければなりません。
会計情報は、虚偽である可能性がかなり高いと社会で疑われていれば、機能不全に陥って、結局市場の失敗を招きます。
そこで、会計の一般的前提、一般常識と言える3つの「会計公準」(会計主体の公準、会計期間の公準、貨幣的測定の公準)を前提として、会計基準が設定されています。
会計基準は、かつては各国が独自に定めていましたが、上場企業に対して独自の会計基準を設定しているのはわが国とアメリカくらいで、多くの国ではIFRSが採用されています。
IFRSは国際会計基準審議会(IASB: International Accounting Standards Board)が設定しておりますが、元々は1973年に設立された国際会計基準員会(IASC: International Accounting Standards Committee)により、会計情報の比較可能性を持たせるため国際会計基準(IAS: International Accounting Standards)の開発、設定がなされ、2001年にIASBに組織変更がなされ、それ以降に開発、設定された会計基準がIFRSを名称を変えて現在に至ります。
日本のIFRSの状況
日本と同様に独自会計基準を持つアメリカは2002年にIASBと会計基準のコンバージェンスについての合意(ノーウォーク合意)がなされ、日本もアメリカ同様に会計基準のIFRSへのコンバージェンスを進め、2007年にさらにコンバージェンスを加速化するという東京合意がIASBとなされます。
その後、わが国の企業会計審議会は2009年に「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」を公表し、IFRSの任意適用を、2010年3月期から上場企業の連結財務諸表に認め、IFRSの強制適用については2012年を判断の目途としました。
さらに、2011年に当時の金融担当大臣が2015年までのIFRSの強制適用は考えてはおらず、またアメリカ会計基準の任意適用も引き続き認めるとして、現在に至ります。
なお、2025年1月末時点で、東京証券取引所上場企業でIFRS適用済企業は278社になります。
IFRSの特徴
IFRSの特徴として検索したりすると、原則主義である、資産負債アプローチを基にしているといった事柄が出てくるかと思います。
しかし、元々のIASの敵を考えてみると、様々な国に存在、上場する企業の財務諸表を比較することができることが、投資を行う人間にとってはIFRSのいちばんの特徴ということができるでしょう。
原則主義も重要な特徴です。自国で使う独自基準であれば、詳細まで規定することは可能ですが、IFRSは様々な国々で使われることが想定されるため、詳細まで規定することはできないからです。
また、コンバージェンスを進めてきたとはいえ、IFRSと日本基準には差異があります。
これらを理解することが肝要ですが、これについては次の節でお話しいたします。
個人投資家がIFRS基準の財務情報を活用して、より良い投資判断をするためのポイント
損益計算書の違い
IFRSを採用している日本企業だからといっても、日本基準を採用している企業も比較対象となるでしょう。
そこで、IFRSと日本基準の違いを知ることが、適切な投資判断には重要です。
形式的な面で言えば、損益計算書の形式が日本基準とIFRSでは異なります。
むしろ、日本は独自の概念で画一化されています。日本の損益計算書では、「売上総利益」、「営業利益」、「経常利益」、「当期純利益」というように段階別に利益が計算されるようになっていますが、IFRS(およびアメリカでも)では「売上総利益(gross profit)」、「当期純利益(net income)」以外の箇所はかなりフレキシブルに企業や業種の特徴に即して表示されています。いわば、ここがIFRSが原則主義的である一例といえるでしょう。
本業のパフォーマンスを見るにあたって、「営業利益」は重要な利益数値、指標ですが、IFRSでは「営業利益」は日本のように必ずしも「営業利益=売上高−売上原価−販管費」という計算方法をとっているわけではなく、企業や業種に応じてフレキシブルに計算しています。
日本基準採用企業との比較においても、他のIFRS採用企業との比較においても、営業利益の計算方法はどのようになされているか注視する必要があります。(なお、2027年よりIFRSでは営業利益を定義し、開示を義務化します。その後は、日本基準とIFRSの営業利益の差異について調整が必要となるでしょう)
また、わが国では企業の経営パフォーマンスを見る指標として、長年にわたり「ケイツネ」と呼ばれる「経常利益」を重視して活用してきた歴史があります。
しかし、IFRS採用企業では経常利益が示されていないことがありますので、投資家が各自計算する必要があります。
会計処理方法の違い
日本基準とIFRSの違いは意外と多くあります(全て示すと文量が膨大になるので、興味のある方はあずさ監査法人のサイトなどでご確認ください)。
主なものとして、企業結合により生じたのれん、無形資産の処理と、研究開発費(R&D)の処理となります。
企業結合(M&A)を行ったときに、買収先の企業の純資産価値を超えた買収価額となった場合、その差額が「のれん(goodwill)」となり、資産計上されます。
こののれんは、日本基準では20年で償却して規則的に費用化されますが、IFRS(およびアメリカ基準)では償却されず、減損のみが行われます。
もし、同一企業がIFRSと日本基準で企業結合後の財務諸表を作ったとすると、のれんが償却されない分だけIFRSの方がのれんの資産としての残高が大きくなり、一方、のれん償却分だけ日本基準の利益が小さくなります。
のれんは将来の超過収益力と言われますが、企業結合で生じたのれんは買収時に支出して取得したものなので、のれん支出分はその後の経営活動で回収される必要があります。日本基準の損益計算書では、適切に収益とのれんの償却額が対応しているかはわかりませんが、20年で買収コストの回収計算は行われます。
しかし、IFRSでは償却しないので、買収コストが回収できているかは損益計算書からはわからず、M&Aの成功失敗の情報と指定は曖昧になります。
そこで、日本基準と同じように、のれんを仮に償却した場合の利益額を推定し、それでも十分な収益性を保てているかについて確認することが望ましいと言えます。
また、IFRSにおいてのれんを償却しないということは、経営者にのれんを過大に計上したくなるインセンティブを与えます。
特に、経営者のボーナスプランが業績に連動している場合、償却を要する資産(特に無形資産)の一部(あるいは全部)をのれんとすることで、償却費が小さく、利益が大きくなりボーナスが増大するためです。
実際に、高齢のCEOは早期に高額のボーナスを受け取るべく、のれんを過大計上する傾向にあると言われています。
研究開発費については、日本基準(およびアメリカ基準)では支出した年度に全て費用とされますが、IFRSでは開発に要した費用については資産計上することができます。
研究段階では将来の経済的便益の獲得への貢献には高い不確実性がありますが、開発段階まで来れば不確実性は低減します。
受容できる不確実性のレベルの違いが会計処置の違いを生んでいる一つの要因と言えるかもしれません。
この2つは、財務諸表に比較的大きな金額的差異を生む可能性があります。
のれんやR&Dの会計処理から見ると、IFRSの方が数値に不確実性を持っている傾向があるだろうと考えられます。
そこで、IFRS採用企業を見るときには、のれん(ないしM&Aの成否)や開発費についての不確実性のレベルを推定することが重要となるでしょう。
IFRSを理解することで、個人投資家はどのようにリスク管理やポートフォリオ構築に役立てられるのか?
個別の企業のファンダメンタルを見る
最近、国内金利も上がりつつありますが、それでも海外の金融商品の利回りは、投資ポートフォリオの構成上、魅力的に感じる人は多いかと思います。
そこで、IFRSを理解することで、海外企業の株式や債券へ投資するにあたっての海外企業のファンダメンタル分析が可能となり、リターンに見合うリスクレベルにその企業はあるかどうか推察できるようになります。
日本企業の株式だけを対象にしている場合でも、多くの上場企業が経営活動において直面する市場は、海外市場と言えるでしょう。
トヨタも販売実績の80%以上が海外市場です。つまり、多くの企業は海外企業との競争に晒されていますので、投資を行うにあたって主要な海外企業のファンダメンタルを掴み、それとの比較は必要な分析といえるでしょう。
海外市場のリスクを見る
海外企業への投資や、グローバルに展開している企業への投資においては、各国の市場の状況や市場のリスク要因を知ることは重要と言えます。
海外での主要な企業の複数の財務諸表やマクロ的にみた財務諸表の変動傾向(例えば、物価変動による売上原価の変化率とそれによる粗利率の変動など)をつかむことで、海外市場における経営上のリスク傾向を把握できますので、その点がIFRSの理解が役に立つところではないでしょうか。
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